赤染衛門の法華経28品和歌

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    赤染衛門の法華経28品和歌               2017.12.31

                                     太田哲二

    赤染衛門は王朝最盛期(藤原道長の時代)に、和泉式部と並ぶ女性歌人です。

    「赤染衛門の法華経28品和歌」は、藤原道長が法華経普及のために指示して出来上がったと推測されます。

    「品(ほん)」とは、今の「章」のことで、「序品第一」とは「第一章 序」という意味です。

     

    序品第一

    いにしえの たへなる法を ときければ いまのひかりも     さがとこそみれ

    現代語訳:過去の非常にすぐれた教えを(仏様は)説かれたので、今(眉間から)の光も、めでたいきざしとお見受けします。

    参考

    ➀「さが」は、きざし、めでたいしるし。「釈迦」との掛詞になっている。

    ◆屬い砲靴─廚函屬い沺廚セットになっている。

     

    方便品第二

    ときおかで いりなましかば ふたつなく みつなきのりを たれひろめまし

    現代語訳:(もし仏様が)説き残さないで、入滅したならば、「二乗も三乗もない。一乗あるのみ」という教えを、誰が広められようか。

    参考

    「舎利弗、此の如きは皆一佛乗の一切種智を得せしめんが為の故なり。舎利弗、十方世界の中には尚お二乗なし。(いか)況や

    ( いわんや ) 三あらずんや」

     

    譬喩品第三

    もゆる火の 家をいでてぞ さとりぬる みつの車は ひとつなりけり

    現代語訳:火事の家を出て、悟りました。三車(三乗方便)は 一乗でした。

    参考

    法華経には7つの譬え話(法華七譬)があり、「三車火宅」の譬えは、最初のたとえ話。

     

    信解品第四

    おやとだに しらでまどふが かなしさに このたからをも ゆづりつるかな

    現代語訳:(私が)親だと知らないで惑う(我が子)が悲しく、この宝を 譲ったのでした。

    参考:

    ➀法華七譬の第2番目のたとえ話「長者窮子」たとえ話。

    ◆屬海痢廚蓮嶌,痢廚函峪劼痢廚粒飮譟「おや(親)」と「こ(子)」がセットになっている。

     

    薬草喩品第五

    法のあめは くさ木もわかで そそげども おのがじしこそ うけまさりけれ

    現代語訳:法雨は、草も気も分け隔てなく降るのだけれども、各自それぞれの種類があるので、それぞれが(法雨を)受けて(悟りを)深くするものであるなあ。

    参考

    法華七譬の第三番目のたとえ話「三草二木」です。法雨は平等に注ぐけれども、人々の受けとめ方が違うということです。平等だけれど差別がある、多くの人が悩むところです。

     

    授記品第六

    つぎつぎの 仏におほく つかへてぞ はちすをひらく 身とは成るべき

    現代語訳:次から次へと多くの仏に供養してこそ、蓮の花が開くように、悟りを開くのである。

    参考

    「はちす」とは「蓮」のこと。蜂の巣ではありません。

     

    化城喩品第七

    こしらへて かりのやどりに やすめずは さきの道にや なほまどはまし

    現代訳語:幻の城をこしらえて、仮の宿で休めなければ、(引き返して)先の道で迷っているでしょう。

    参考

    法華七譬の第四番目のたとえ話「化城宝処」です。

     

    五百弟子受記品第八

    ころもなる 玉ともかけて しらざりき ゆめさめてこそ うれしかりけれ

    現代語訳:衣服の裏に縫いつけてある宝珠の存在を 少しも知りませんでした。夢からさめて初めて、(宝珠を見つけ)とてもうれしと思います。

    参考

    ➀法華七譬の第五番目のたとえ話「衣裏宝珠」です。宝珠とは仏の教え、大乗の悟りを意味しています。

    ◆屬けて」は、少しもの意味。「掛けて」「()けて」と掛詞。「ころも」と「掛けて」は縁語、「玉」と「繋けて」も縁語。

     

    授学無学人記品第九

    諸共に さとりをひらく これこそは むかし契りし しるしなりけれ

    現代語訳:みんな共に 悟りを開く。このことは、昔、仏と阿難が同時に菩提心を起こしたことの、あかしなのである。

    参考

    ➀阿難は釈迦十大弟子の一人。阿難の生涯は劇画的でとっても面白い。

    ⇒学の阿難と無学の羅羅および2000人の参加者に成仏の予言をする場面です。

     

    法師品第十

    すみがたき 心しむろに とまらねば のりとくこそぞ まれらなるべき

    現代語訳:澄んでない心が、如来の室(大慈悲心)に留まらなければ、法を説くことは、とてもまれなことである。

    参考

    ➀「すみ」は、「澄み」と「住み」の掛詞。

    ◆屬爐蹇廚蓮如来の室のことで、大慈悲心をいう。

    「まれら」は、「まれ」+「接尾語ら」。めったにないこと。

     

    見宝塔品第十一

    大空に たからのたふの あらはれて 法のためにぞ 身をばわけける

    現代語訳:大空に宝塔が出現した。これは法華経のための、仏がその分身を現したものであるのだ。

    参考

    仏が大衆が見守る中、地中より多宝仏を大空に出現させる。仏教が時空を超越することを証明するために、ありえない劇的光景を出現させた。

     

    提婆達多品第十二

    わたつみの みやをいでたる 程もなく さはりのほかに なりにけるかな

    現代語訳:海中の宮を出るとまもなく 竜女は、何の障害もなく 悟りを得ました。

    参考

    ➀提婆達多品は、悪人(提婆達多)成仏と女人(竜女)成仏を説いている。

    ◆屬錣燭弔漾廚蓮◆愼本書記』に出てくる海神、転じて海。

    「さはり」、女人には五の障り(障害、支障)ありとされていた。

     

    勧持品第十三

    身をかへて 法ををしまん ためにこそ しのびがたきを しのびてもへも

    現代語訳:命にかえて法を信じ奉るために、(誹謗されても)忍び難きを忍んでいきましょう。

     

    安楽行品第十四

    名をあげて ほめもそしらじ 法をただ おほくもとかじ すくなくもせじ

    現代語訳:(仏の教えを説く際には)とりたてて他人を、ほめたり悪口を言わない。法をただ、過不足なく伝えよう。

    参考

    ➀文殊菩薩が「釈迦入滅後、初心者は、どう教えを広めるか」を質問したのに対し、釈迦は、身・口・意・誓願の四つの安楽行を示した。その第二の「口安楽行」です。

    ⊂紊龍腓蓮嵋める・そしる」がセットになり、下の句は「多く・少なく」がセットになっている。

    0続攅塢覆涼罎砲蓮∨_攫血△梁莽使嵬椶里燭箸話「髷中明珠」があります。転輪聖王(武力でなく仏法で世を治める理想の王)は、部下の手柄によって各種の褒美を与えた。しかし、髷(まげ)の中の宝珠だけは、みだりに与えると驚き怪しむので容易に与えなかった。

     

    従地湧出品第十五

    いかでかは 子よりも親の わかからん 老いてはわかく なるにや有るらん

    現代語訳:どうして子よりも親が若くあることがあろうか。老いて若くなるということがあろうか。

    参考

    無数の求法者が地の割れ目から出現した。彼らは、大空に浮ぶ宝塔の仏に向かって、「自分達は誰の弟子で、何の因縁で、集まったのか」と質問した。仏は、「すべて自分が教化した」と答えた。それに対して、彼らは疑念を持つ。25歳の青年が100歳の老人を「我が子」と言うようなものだ。この疑念の答が、次の品「如来寿量品第十六」です。

     

    如来寿量品第十六

    ありながら 死ぬる気色は 子のために とめしくすりを すかすなりけり

    現代語訳:父が生きながら死んだふりをしたのは、子供のために、留めおいた薬を、(子供が薬を飲まないので)なだめて飲ませるためだったのです。

    参考

    ➀前品の疑念に対して仏は、成仏して久遠常住不滅の存在になった、と答えた。ただ、衆生は、如来が入滅しないと恭敬しないので、実には滅せずとも、方便として滅する、と説いた。この方便を説明するのが、法華七譬の第七番目のたとえ話「良医病子」です。

    ◆嵶桧緝損辧廚蓮⊆,里茲Δ箆辰任后I磧蔑桧紂砲旅に出ている最中に、子供達が毒薬を飲んで病となった。父は帰ってきて良薬を飲まそうとするが、毒の回った子供達はそれも毒薬と思い込み飲もうとしない。父は良薬を留め置いて再び旅に出て、使者に父は死んだと言わせる。その知らせで嘆き悲しむ子供達は、本心を取り戻し良薬を服用し、回復した。

     

    分別功徳品第十七

    ほとけにて えたるこふずをかぞへずば ちりばかりだに 知らずあらまし

    現代語訳:仏として得た寿命は無限の「劫」であって、それを数えないと、ちりのようにわずかしか数えなくても、仏を知ることはできない。

    参考

    ➀「「こふず」は「劫数」です。「劫」はインドの時間単位で、永遠の時間をいう。

    ◆岼ぐ鐶拭⊆磴経任淋萍芯恒鵑覆襪鯤垢い董其の言趣を解するあらん。是の人の所得の功徳限量あることなくして、能く如来の無上の慧を起さん」

     

    随喜功徳品第十八

    よのなかに みてしたからを えんよりは 法をきくべき ことは増され

    現代語訳:世の中に満ちている財宝を得るよりは、法華経を聞くことの方がすぐれている。

    参考

    金銀財宝よるも法華経の一偈を聞いて随喜する方が増さっている。そう言われても、凡夫は「現実社会を生きていくには、少しは金銀が必要で」と、「法華経の一偈」と「金銀」の二者択一思考に陥ってしまう。

     

    法師功徳品第十九

    たもちがたき のりを書き読む むくいには 身ぞ澄みきよき 鏡なりける

    現代語訳:心から信仰するのが難しい法華経を、書写したり読経したりする果報は、身が澄み、清い鏡になることです。

    参考

    六根清浄になる。

     

    常不軽菩薩品第二十

    みる人を つねにかろめぬ 心こそ つひに仏の身には 成れりぬれ

    現代語訳:(常不軽菩薩は)出会う人を、いつも拝んで軽んじない心がありました。その心ゆえに、ついに成仏したのでした。

    参考

    「つねにかろめぬ」は、「常不軽」の訓読みです。

     

    如来神力品第二十一

    空までに いたれる舌の まことをば のりをたもたん 人ぞしるべき

    現代語訳:梵天まで至った舌の真実は、法華経を護持する人だけが知ることができるのでしょう。

    参考

    ➀仏は三十二の優れた相を持ち、その一つが「広長舌相」です。嘘・偽りのないことを示す。

    ◆峺宝塔品第十一」と「従地湧出品第十五」を継承して、空中の塔の中の釈迦と多宝如来が、大地から出現した求法者たちに、神通力で、第一から第十までの不思議をみせる。第一の不思議が、広長舌を出して、その広長舌を梵天に至らせる。「梵天」は天の一部でもあり神でもある。

     

    嘱累品第二十二

    ながれても あだにすなとぞ かき()づる うることかたき 

    ( のり ) をとけとて

    現代語訳:教えが広宣流布しても、いい加減にしてはいけない、とお釈迦様は求道者の頭の頂きをお撫でになりました。得がたき法を説け、とおっしゃいながら。

    参考

    「うることかたき法」は「得難き法」の訓読み。

     

    薬王菩薩本事品第二十三

    ともしつる わが身ひとつの ひかりにて あまたの国を てらしつるかな

    現代語訳:薬王菩薩は、自ら火をつけた自分の身体の明かりによって、多くの国を照らしました。

    参考

    私個人の気持ちは、「不惜身命」は心意気だけにしてほしい。

    ベトナム戦争の時、あるいはチベット紛争の時、何人もの僧が焼身自殺をした。薬王菩薩と関係があるのかどうか…。

     

    妙音菩薩品第二十四

    ここにのみ ありとやはみる いづくにも たへなる声に 法をこそとけ

    現代語訳:ここにだけ居ると見るのですか。妙音菩薩は、あらゆる所で美しい声で法華経を説いているのです。

    参考

    妙音菩薩は身を三十四も変化させて、あらゆる所で法華経を説いた。

     

    観世音菩薩普門品第二十五

    身を分けて あまねくのりを とく中に まだわたされぬ わが身かなしな

    現代語訳:観世音菩薩は、その身を三十三に分けて、一切衆生のために広く仏の教えを説かれました。それなのに、まだ得度できない私は、なさけないことよ。

    参考

    ➀観世音菩薩は、衆生の救いを求める声を観じて、その苦悩を解脱させる菩薩です。

    ◆屬△泙佑」は「普門」の訓読み。

    「わたす」は、「度」(=渡)で、仏が苦の「此岸」から極楽の「彼岸」へ導くこと。

    げ爾龍腓蓮∪崟衛門の心境・境涯を詠んでいます。

     

    陀羅尼品第二十六

    法まもる ちかひをふかく たてつれば すゑのよまでも あせじとぞ思ふ

    現代語訳:法華経を護持する誓いをたてましたので、その誓いが、世の末までも、薄らぐことはないと思います。

    参考

    二人の菩薩と二人の天王と十羅刹女(十人の女性鬼人)が、法華経を護持する法師を守護するために「陀羅尼(だらに)

    ( しゅ ) 」を唱えます。「陀羅尼」は梵語(サンスクリット語)。サンスクリット語はインドの一部で使用されているが、「陀羅尼」は秘密の呪文で、翻訳不可能とされていました。しかし、今では翻訳があります。

     

    妙荘厳王本事品第二十七

    仏には あふことかたき ゆゑにとて 子をゆるしてぞ おやもすすめし

    現代語訳:仏には会うことがなかなかできない。それであるから子に出家させることを許し、親も仏門に入りました。

    参考

    浄蔵と浄眼の二人の子が、会うことが難しい仏に会ったので、母は子供の出家を許した。その後、母も父(妙荘厳王)も出家に至りました。

     

     

    普賢菩薩勧発品第二十八

    行末の 法をひろめに きたりける ちかひをきくが あはれなるかな

    現代語訳:末の世にも仏の教えを広めようと、普賢菩薩は仏のもとへ来ました。普賢菩薩の誓いを聞くと、深く感嘆するなぁ。

    参考

    序品第一で、智の文殊菩薩が法華経が説かれる、と前口上し、最後は理の普賢菩薩が、入滅後の法華経広宣流布を誓願した。

     

                                        合掌

     

     

     

     


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