東京都はCityではないから、オリンピック開催はできないのでは?

0
    難問パズルです。
     オリンピック憲章では、主催団体は「City」である。だから、サンフランシスコ市、札幌市、長野市は主催団体になれる。カルフォルニア州、北海道、長野県は主催できない。当然、東京都は主催できないはずだ。
     それなのになぜ?
     50年前の東京都は、23区の地域では「都および市」であった。つまり、23区は東京都の内部団体に過ぎなかった。だから、主催できた。
     しかし、平成10年の地方自治法改正(施行は平成12年=2000年)によって、都区の2層制が決定した。東京都は広域自治体、区は基礎自治体となったのだ。東京都は、カルフォルニア州、北海道、長野県と同質同格になった。だから、オリンピックの主催団体にはなれないはずだ。

     スポーツのことだから、適当に「Cityらしい」でOKじゃないの、という声が聞こえそうだが、ルールに厳格なスポーツだからこそ、「なぜ、東京都はオリンピックの主催団体で有り得るのか?」と、私の頭はスッキリしない。
     難問パズルの答は、あるのだろうか?
     誰も難問パズルの存在を知らないのかな〜。

    都区制度改革の変遷
     昭和22年地方自治法施行・・・都区2層制(特別区は「基礎自治体」)・・・戦後民主主義の徹底
                      <特別区に実質的権限なし>⇒都区の紛争激化

     昭和27年改正(同年施行)・・・特別区は都の内部団体になる・・・強力な基礎自治体は復興を阻害という認識
                      <都は「広域」+「基礎」>⇒改革悲願の始まり

     昭和39年改正(昭40年施行)・・・特別区の権限拡大・・・都は「基礎」の事務の重圧で都マヒ
                      <権限が若干拡大しただけ>

     昭和49年改正(昭50年施行)・・・特別区の権限さらに拡大・・・でも相変わらず都は「広域」+「基礎」
                       <特別区は一応「市」並みになった>
     平成10年改正(平12年施行)・・・都区2層制の復活・・・都は「広域」、特別区は「基礎」
                       <権限、財源で、都区でもめている点もある> 


    西荻6童子

    0
      西荻には6つの童子の像があります。これは、その1つで、西荻窪駅の南口にあります。

      暑中お見舞い申し上げます。

      0
        暑中お見舞い申し上げます。

        夏の代表的和歌。
        春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ 天の香久山(持統天皇、小倉百人一首) 

        これを太田蜀山人は狂歌で茶化した。

        いかほどの洗濯なれば 香久山で 衣ほすてふ持統天皇
        山で干す さすが女帝は 衣装持ち
        夏来にけらし白妙のところてん

        私の心境は
        春過ぎて 夏来にけらし白妙の ところてん食う 天の丼食わぬ
          「ヤセテヤル!」 
        お粗末さんでした。

        お金と福祉の勉強会ご案内、相模原障害者殺傷事件にもふれます。

        0

          平成28年第5回(通算98回) 「お金と福祉の勉強会」 ご案内

          テーマ1「日本の精神医療の問題点と今後の展望」 講師:長谷川利夫(杏林大学教授)
                      相模原障害者施設大量殺傷事件にもふれます。

          テーマ2「選挙終わって日が暮れて、後の祭りか?」

          終了後、時間のある方は懇談会あり。


          日時:8月19日(金)午後6時30分〜7時30分
          場所:阿佐谷地域区民センター(JR阿佐谷駅(南口)徒歩3分)
          会費:無料
          定員:30人(準備の都合上、出席の方は、太田哲二までご連絡ください)

          FAX 03(3332)0672
          携帯電話 090−9248−0845
          PCメール info@ota-tetuji.jp


          『史記』伯夷伝、天道は是か非か

          0
            『史記』伯夷伝の後半部分の要約です。

            ある人は、「天道には差別はない。常に善人に味方する」という。(それが本当なら)伯夷と叔斉は善人なのか否か。二人は仁徳を積んで、行いが潔癖であったが、餓死してしまった。
            孔子の高弟70人の中で、孔子はただ顔淵のみを学問を好む者として推挙した。その顔淵の米びつはしばしば空で、糟(かす)・糠(ぬか)さえ十分に食べられず、ついに若くして死んでしまった。
            天が善人に味方して報いるというのなら、これはどうしたことか。

            凶悪な賊の盗蹠(とうせき)は、毎日罪なき人を殺し、人間の肝を喰らい、狂暴で倫理に背き、わがままで短気だった。更に、数千人の子分を従えて天下で悪事をふるまいながら横行したのに、盗蹠は天寿をまっとうした。これは一体、どんな善徳を積んだおかげだというのか。
            これは顕著な事例だが、近頃でも素行が常軌を逸していて、専ら悪事ばかりしておきながら、死ぬまで安楽に過ごし、富が子孫の代まで絶えないという者がいる。

            反対に、正しい行いをなし、正しい事を発言すべき時だけに発言し、常に大道を歩み、いつも謹厳実直な善人が、数えきれないほどの災難をこうむっている。
            私は非常に思い惑っている。いわゆる天道は、是か非か。


            私の頭の中は、いま「白熱教室」状態です。

            | 1/76PAGES | >>

            カレンダー

            << August 2016 >>
            SunMonTueWedThuFriSat
             123456
            78910111213
            14151617181920
            21222324252627
            28293031   

            最近のエントリー

            カテゴリー

            月別アーカイブ

            recent comment

            リンク

            profile

            サイト内検索

            others

            モバイルサイト

            qrcode